【昭和】昔のAV女優10選!日本初のアダルトビデオは?その古い歴史も解説
AVが発売されはじめた当初、昔のAV業界は今のように法整備もされておらず、また、今のようにさまざまなジャンルのAVは撮影されていませんでした。
本記事では、昔のレジェンド級AV女優10選の他、AVの古い歴史も解説します!昔のAV事情やAVについて知りたい人は、ぜひ最後までご覧ください。
昔の有名AV女優10選
最初は昔の有名AV女優を紹介していきます。
昭和の時代に活躍したAV女優を中心に、10人の美しいレジェンド級の女優たちを厳選しました。
小林ひとみ
1986年3月に芸能界デビューし、同月にAV女優デビューも果たした美少女スレンダー系AV女優・小林ひとみ。
昭和のAV女優で、令和の現在はレジェンドと呼ばれています。デビュー作『禁じられた関係』は当時1万円の価格でしたが売り上げは好調。
AV女優がサブカルチャーとして一般に認知され始めたのは、小林ひとみの功績であるとも言われています。
そんなAV女優・小林ひとみの1番おすすめの作品は、古いAVではありますが『もろなめ夫人』です。
2023年にAIリマスター版も発売されましたね。小林ひとみの作品の中でも、かなり激しいセックスが見られる動画となります。
夜な夜な男をひっかけて何度も情熱的なセックスを繰り返していく姿でヌケること間違いナシ。
(松本)まりな
1988年1月にデビューを果たした、ギリギリ昭和デビューのAV女優・松本まりな。
1990年までのわずか2年程度の活動でしたが、テレビ番組にお色気要員として出演するなどAV以外の活動も活発でした。
AV女優という職業が一般に認知されてからわずか数年ほどかと思いますが、一般にも広く認知されていた女優であるともいえますね。
2011年に21年ぶりのAV復帰を果たし、3,000本販売のヒット作品となりました。
そんな松本まりなの人気作品は、昔の作品となりますが、『マイルーム Oh!マイドリーム3 & 暴露スキャンダル』です。
初デビュー当時大人気だった、2つの作品がパックになった製品となります。
当時の松本まりなをたっぷり堪能したいなら、おすすめです。
『マイルーム Oh!マイドリーム3 & 暴露スキャンダル』をFANZAでチェックする
卑弥呼
1990年にデビューを果たした昔の人気AV女優・卑弥呼。平成初期からAV女優を知っているマニアであれば、知らない人はまずいないでしょう。
なぜ人気になったかといえば、芸能人顔負けのルックスです。
スレンダー体系なのに巨乳のギャップが、当時の男性にかなり刺さったようですね。あと他にはない名義も、人気になった理由のひとつ。
平成時代のリリースされた作品で人気の作品が、『Legend 卑弥呼』です。
当時の名前だと、『突きっぱなし 卑弥呼』ですね。かなりエロく乱れており、卑弥呼のエロさを堪能するのにはかなりおすすめとなります。
桜樹ルイ
1990年代前半の超人気レジェンド級の平成AV女優といえば、桜樹ルイは外せません。
昔のAVは1,000本売れればヒットと言われていましたが、なんと桜樹ルイは1作品8,000本から10,000本を売り続けました。
大ヒットという言葉では言い表せないほど売れたため、日本全国で有名になりました。
ソフトコア系のAV女優でしたが、ダイヤモンド映像と呼ばれる事務所に移籍してからはだんだんとハードな作品にも出演するように。
そんな桜樹ルイの人気作品は、『Mの究極』です。桜樹ルイの圧倒的ビジュアルでは当時ありえなかった、SMもののAVとなります。
陵辱系のAVが好きな人は、チェック必須です。
紅音ほたる
2000年代以降の平成AV女優で人気を博していたのが、紅音ほたる。
2004年に秋月杏奈名義でAVデビューを果たし、その後事務所を移籍し紅音ほたるに改名しました。ちなみに事務所変更の際に名義変更されるのは、AV女優界ではよくあることです。
プレイボーイによるAVアカデミー賞新人賞を受賞するなど、一般にも広く認知されるようになっています。
なぜここまで認知されるようになったかといえば、潮吹きをしているから。ほぼすべての作品で派手な潮吹きをしており、潮吹きクイーンと呼ばれるほどに。
そんな紅音ほたるの作品でおすすめなのが、『拷問くらぶ 潮吹き汚辱編』です。
紅音ほたるの作品の中でも最も過激な作品なので、見ておく価値はあるでしょう。
麻美ゆま
麻生由真名義で芸能活動をし、その後AV女優へと転身した麻美ゆま。平成のAV女優を語るうえでは、外せない人物です。
AV女優やグラビアアイドルなどで結成されたアイドルグループ、恵比寿マスカッツの1期生として活動も開始しています。
実はアイドルグループの中でも人気のメンバーで、当時出演していたテレビ番組ではかなりの人気がありました。
そんな麻美ゆまの人気作品はやはり、『新人×ギリギリモザイク』でしょう。
AV女優として初めてカメラの前に立つ、初々しい麻美ゆまが見られます。
中沢慶子
岩手県出身のAV女優、中沢慶子。
AV女優30周年記念作品である、『AV女優100人 2 伝説&現役のトップ女優たち』にも名を連ねています。
週刊プレイボーイが3回にわたり、中沢慶子の人生を語る『中沢慶子物語 鏡の中の夢』を特集。
内容を確認するに、田舎から女優を目指して上京したようで、AVに関しては本心からの出演ではなかったようですね。
AVに関する法律がきちんと整備され始めたのも、こういった公共の場できちんと伝えられる存在があったからでしょう。
当時人気だった作品は、『とまどい』。初々しさを感じられる1本です。
八神康子
1982年にAVデビューを果たしている、八神康子。AV初期、昭和時代に人気を博したAV女優ですね。
ハード系路線で突き進んでおり、当時はSM雑誌などにも出演していました。
写真集『隣のお姉さん』では、読者投票1位を獲得するほどの人気の高さでしたよ。
おすすめの人気作品は、『淫舞志願』です。オナペットとして何度もセックスする、淫乱な姿が見られます。
現在淫乱はメインジャンルのひとつですが、昔はこのような淫乱系のプレイスタイルは珍しかったといえるでしょう。
あいだもも
平成初期にデビューをしたAV女優で絶対にチェックしてほしいのが、元トップモデルのあいだももです。
有名な成人雑誌『PLAYBOY』のヌードモデルをつとめたり、1989年のプレイメイトジャパングランプリに輝いたりするほどの、誰もが認める美少女。
そんなあいだももが1990年に突如AV女優デビューを果たし、世間を驚かせました。
浅草ロック座にも出演していた経歴があり、かなり素晴らしいプロポーションです。
人気作品は『実録 あいだもも』です。
平成初期のAVなど、昔のAVではなかなか見られない淫乱路線のオナニーが見られます。愛液を大量に分泌し、イキまくる姿でヌキましょう。
宮木汐音
昔のAV女優の中で素晴らしいプロポーションを持つ女性といえば、元ストリッパーの宮木汐音です。元ストリッパーなだけあって、しなやかな筋肉がついているのが最大の魅力。
他のAV女優と比べても、身体が出来上がっている印象です。スカウトされAV女優デビューを果たし、AV業界を盛り上げた一因となりました。
人気作品は、『女教師背徳の情事』。女教師と生徒が愛し合う、ドラマ系のAVですね。淫乱教師を演じています。
1980年~の昔のAV・AV女優|昭和から歴史は始まった
1980年から1985年の昔のAV事情、昔のAV女優について紹介します。AVは昭和時代から始まりました。
AVが始まった当初は、現在のAV業界とは何もかもが全く違います。どのように普及したのか、見ていきましょう。
1981年昔のAV日本初作品が世に出る
1981年5月に発売された『OLワレメ白書・熟した秘園』が日本で最も古いAVと言われています。
昭和の時代に初めてAVが誕生しました。
また、『OLワレメ白書・熟した秘園』の他、『ビニ本の女・秘奥覗き』も同時に発売されているとの情報もあります。
『OLワレメ白書・熟した秘園』に出演したAV女優は青野梨魔、『ビニ本の女・秘奥覗き』に出演したAV女優は竹村祐佳です。
この2人は、日本で最も古いAV女優といえます。
今日、ラジオの収録で話す都市伝説の根拠を固めたくAVの歴史について調べたところ、日本のAV第一号のタイトルが『ビニ本の女・秘奥覗き』と『OLワレメ白書・熟した秘園』。…初のAVという事でもっと素朴なものを想像をしてた。さすがヘンタイ大国、日本。
— 由乃 夢朗 (@yumerou_cos) January 21, 2020
家庭用ビデオデッキが普及してAVも流行る
家庭用ビデオデッキが登場したのは70年代でした。
発売当初は何十万もする高価なものでしたが、80年代に入ってからは金額が下がり、一般家庭でも購入できる価格になっていきます。
1981年時点でビデオデッキの普及が10%にのぼったとの情報もありますよ。ビデオデッキが普及したことでレンタルビデオショップも数が増えて、それに伴いAVも普及していきました。
もともとはポルノ映画のみの取り扱いでしたが、ビデオカメラが軽量化されたことからAV制作に手を出す企業も増加。これもAV普及のひとつの要因であるといわれています。
AV女優という名前が誕生する
昔は「美少女が本番行為をしている」というキャッチフレーズ的な情報で徐々に普及していきました。
だんだんと「アダルトビデオで女優のように演技をする人」などと言われるようになり、AV作品に出演する女性はAV女優と呼ばれ始めます。
つまり、AVが始まった当初はAV女優と呼ばれる職業も概念もなかったということになりますね。
最初は疑似本番などが主流でしたが、AVが普及していくに従って、だんだんと疑似本番やいわゆる”ドラマ系”の作品はだんだんと廃れはじめました。
1985年~の昔のAV・AV女優|AVの値段が安くなる
次は1985年から1990年の、昔のAV・昔のAV女優の事情について紹介します。
だんだんとAV業界に参入する人が増え始め、AV開始当初に比べてAVの価格が格段に安くなりました。AV業界においてどのような競争や変化があったのか、見ていきましょう。
ソフトコア・ポルノから本番AVへ
実はアダルトビデオが普及し始めた当時は、日本ビデオ倫理協会は「3分以上の連続した性交はしてはいけない」といった規定を作っていました。
非常に性交の時間が短いため、80年代はいわゆる裏ビデオと呼ばれるビデオが多く人々の手に渡るようになります。有名な作品でいうと、『洗濯屋ケンちゃん』などですね。
裏ビデオが主流になったことから、規制の下制作しているアダルトビデオ会社は危機を感じるように。
ちなみに当時の表業界はソフトコアが主流であり、ビジュアルの良い美女は本番行為をしていませんでした。本番行為=ワンランク下のAV女優といった認識です。
そんな表業界のアダルトビデオ衰退の流れにテコ入れをしたのが宇宙企画の『ミス本番 裕美子19歳』。
グラビアでも十分やっていけるレベルの容姿の女性が大胆にハードコアを演じます。そこで大きく流れが変わりました。
競争率が上がりAVの値段は安くなる
AVに参入する人々が増え、AV女優の数も増え、だんだんとAVの値段は安くなっていきます。
レンタルビデオショップの数もどんどんと増え始め、レンタルショップでも価格競争が始まりました。
1985年時点でレンタル代が1,200円前後でしたが、なんとレンタル代100円のレンタルショップも出るように。
100円以上下げることは難しいため、それぞれのレンタルショップは価格以外で独自性を出す必要がでてきます。
そこで編み出したのが、日本ビデオ倫理協会の審査を通していない裏ビデオも多く取り扱うこと。それぞれのレンタルショップが、他のお店にはない裏ビデオを扱うようになります。
anan雑誌がセックス特集を開始しAV=本番に
1989年4月には、人気雑誌ananがセックス特集を開始。
「セックスで、きれいになる」といったキャッチコピーで制作された特集で、世間の性に対する意識が変わり始めます。
アダルトビデオ業界でも、80年代後半からAVや本番行為に対する意識が変わり始めました。林由美香、樹まり子などのAV女優が、自ら本番を志願するようになります。
ソフトコアのみで活躍していた美少女系の元・AV女優たちも、この時代にAV業界に復帰し本番行為をするようになっていますよ。
セックスで綺麗になる、の号や今月号のananはバカ売れ。ananによるセックス情報誌としての活路
— 仁田坂 淳史 / Nitasaka Atsushi 👨⚕️ CancerWith (@nitasaka) August 4, 2009
淫乱ブームが開始 潮吹きAV女優が誕生
90年代より少し前あたりから、ハードコア路線のAV業界の間で淫乱ブームが到来します。
以前よりも前戯に関する研究が進んだためか、いわゆるGスポットを刺激することで発生する潮吹きと呼ばれるプレイもAV業界内で流行。潮吹きジャンルが確立されました。
本番行為をあまりしない美少女路線のAV女優の間にも知れ渡り、潮吹きAV女優も誕生。
令和の現在も潮吹きは、絶頂の表現として使われることが多いですね。
沖田ゆかりの『いんらんパフォーマンス 色即是空』あたりから、潮吹きが世間に知られ始めたのではないでしょうか。
1990年~の昔のAV・AV女優|AVジャンルの変化
次は1990年から2000年の昔のAV、昔のAV女優事情について紹介していきます。
AVジャンルにおいて、どのような変化があったのかを詳しく見ていきましょう。
セルビデオが開始
レンタルビデオではない、一般の人が購入できるタイプのものがセルビデオです。
今では大人気AVメーカーであるソフト・オン・デマンドも、セルビデオの販売でグンと知名度を伸ばしました。
一般人が「AVを手元に残しておきたい」と強く思うようになったためか、セルビデオを販売するメーカーの業績は右肩上がり。
AVに関するセルビデオに関しては、日本ビデオ倫理協会の審査を通さず、独自の基準審査をし流通するものがほとんどでした。
「セルビデオのほうがモザイクが薄いため本番をごまかせない」など、ユーザーにとっては利点がたくさんあったのも、セルビデオが普及した要因のひとつでしょう。
ハード路線ができるAV女優が現れドラマ作品は衰退
AV作品が流行し始めた初期はソフトコアが主流で、感情に訴えかけるようないわゆるドラマ系作品が人気を集めていました。
また可愛いといわれているAV女優、いわゆる美少女系路線のAV女優は疑似本番のみ。
当時本番行為をしていたのは、人気がなかなか集められないと判断されたいわゆるワンランク下の女優ばかりでした。
しかしハード路線のプレイができる可愛いAV女優が登場してからはプレイ重視の作品が増え始めます。
激しさが物足りなかったり、ありきたりな流れだったりするドラマ作品は一気に衰退しました。
素人もののAVが流行り始める
90年代前後は、素人もののAVが流行り始めました。
今も素人もののAVは多くのユーザーの心をつかんでいますが、実は昔から人気があるジャンルです。
素人ものと呼ばれるジャンルを確立したのは、近松はじめによる『アクションビデオ ビデオギャルやりませんか』だといわれています。
AV女優が所属しているプロダクションに支払う出演料をカットできるため、AV制作側にとっても素人ものは利点でした。
しかし当時の素人ものと現代の素人もので1点明確に違うのは、本物の素人か、なんちゃって素人かというところでしょう。
2000年以降、撮影48時間前には台本を魅せなければいけない規約ができたため、2023年現在は”ガチ素人もの企画”は撮影できなくなっています。
いや、素人ものAVって台本ありのフィクションて割とわからんぞ。つまり女優さんの素人っぽさがうまい。
— やす@岐阜人(yas@gifujin) (@yasgifujin) July 23, 2022
昔のAVは1泊2日で返さないといけなかった
昔のAVですが、レンタルをする場合1泊2日で返さなければいけないことが多かったのです。
アダルトビデオは回転率が高いうえに利益もよく、ユーザーからもレンタルビデオの店舗からも人気のジャンルでした。
2023年現在のように、1週間レンタルをしているレンタルビデオはほぼありませんでした。
なお1泊2日500円前後が相場で、期間を過ぎて返却する場合は延滞料金がかかります。
2000年~の昔のAV・AV女優|平成はAV女優やビデオがより身近に
次は2000年からの昔のAV・AV女優についてくわしく紹介します。
平成はAV女優の認知度もあがり、アイドル化することも増えてきました。恵比寿★マスカッツなどは、アイドル化したAV女優の典型ですね。詳しく見ていきましょう。
芸能人AVが確立
2005年から2006年の間あたりに、芸能人AVと呼ばれるジャンルが確立されました。
2005年には元タレントの麻美ゆまがAV女優としてデビューを果たし、2006年には元アイドルの範田紗々がAV女優デビュー。
2008年はテレビ東京の深夜バラエティ番組で、「恵比寿★マスカッツ」と呼ばれるAV女優グループがメインをつとめる番組が放映されはじめました。
ちなみにマスカッツの活動は2022年8月13日まで続き、残念ながら2023年現在は活動休止中です。
また芸能人AVで最近活躍したのは、三上悠亜などですね。
DMMが動画配信を開始
セルビデオの事業で業績を上げたDMMが動画配信を開始。ちなみにソフト・オン・デマンド、プレステージも、2000年代後半までに動画配信を開始しています。
プレステージは、現在も人気のMGS動画で配信をしていますね。
その後2013年頃には、男性向けアダルト動画のみならず、女性向けアダルト動画を配信する『GIRL’S CH』も開始されました。
DVDなどの取り扱いは2023年現在もありますが、かなり数は少なくなっています。現在はほとんどのメーカーが、動画配信に切り替わっているといえます。
ドラマ系AVが再び主流に
2000年以降に「台本は48時間前に見せなければいけない」といった規約ができたため、当時主流だった素人モノが撮影できなくなりドラマ系が再び流行します。
2010年代からは、NTRジャンルも増え始め、二次創作などでも主流のジャンルとなりました。
ドラマ系が再び流行した背景としては、「台本をきちんと作らなければいけない規定ができたから」ではないかと言われています。
万が一何かあった際、台本がきちんと用意されていた方がなにかと制作側に有利に動きます。そういった背景があり、2010年代からは再びドラマものが流行り始めました。
まとめ
AVが取り扱われ始めた昭和の時代に活躍した、昔のAV女優を紹介しました。
今では身近にあるAVですが、流行りや制作の裏側には意外な事情があったのですね。
そういった時代の背景も考えながら昔のAVを閲覧すると、さらに面白く、エロくAVが見られるでしょう!





