アダルト・セックス

江戸時代のセックスってどんな感じだったの?現代よりも過激でオープン!?

ドラマやアニメの舞台としてよく描かれる江戸時代。
新選組や大奥などを見て、江戸時代が好きになった方も多いのではないでしょうか。

ところが、当時の性事情についてはあまり公に触れられません。
実は、江戸時代は今よりも性に奔放な時代でした。

セックスは愛を確かめ合うものでなく、一種の娯楽として捉えられていたようです。
つまり江戸時代は現代より、性欲に対して寛容だったといえます。

性欲を当たり前のものと考える、「オープンスケベな時代」ともいえますね。
そんな江戸時代の人々は、一体どのようにセックスを楽しんでいたのでしょうか。

本記事では江戸時代の性事情について詳しく解説していきます!

江戸時代のセックスと現代のセックスの違いとは?

江戸時代 セックス

人間の持つ性欲は、今も昔も大して変わりません。
しかし、江戸時代と現代では時代背景や生活スタイル、価値観がまるで異なります。

江戸時代といえば今よりも人々は貧しく、士農工商という階級がありました。
そのため武家やお金持ちの商人と、貧しい農民ではセックスのスタイルも違ったようです。

では、江戸時代と現代のセックスにおける違いを詳しく見ていきましょう。

江戸時代は男女簡単に出会えない

江戸時代には、自由恋愛という文化がありませんでした。
そのため男女がお互いに惹かれ合い、恋愛を楽しむことはあまりなかったようです。

武家など上流階級の家では結婚が家同士の政略に使われることもしばしば。
そして親に決められた相手と寄り添い、セックスするのが普通だったようです。

一方、貧しい農民たちは出会いを積極的に求めるほど、生活に余裕がありません。
そのためセックスや恋愛を楽しむことよりも、14~15歳で自立することが求められました。

女性はしっかり稼げる男性を探し、男性は自分に見合う女性を探すことは大変だったようです。
晴れて結婚相手が見つかった後は、そこからお互いに惚れていくような流れだそう。

「とりあえず付き合ってみる」という現代のマッチングアプリや婚活と似ていますね。
なお商人や腕の良い大工など、生活にゆとりのある一部の層は自由恋愛やセックスを楽しんでいたようです。

江戸時代は現代よりも性に奔放だった

江戸時代は今よりも、性に対して奔放な時代でした。
何よりの証拠が、江戸時代に作られた「四十八手」です。

四十八手とは、セックスする際のさまざまな体位を示した記述のこと。
それだけセックスを日常的に楽しんでいたことが分かります。

なお江戸時代に自由恋愛という考え方はないものの、婚前交渉を忌み嫌う風潮もありませんでした。

そのため、結婚前は誰でもフランクにセックスできたと考えられます。
現代のように、「セックス=恥ずかしい」という考えができたのは戦後から

明治時代以降に、西洋の思想が入ってきたことによります。

テクニックは現代とほぼ一緒

江戸時代のセックステクニックは、現代とほとんど変わらないとされています。
たとえばフェラチオ、パイズリなど。

アナルセックスに関する記録も残っています。
江戸時代にはアダルトグッズこそないものの、身体一つでさまざまなテクニックが楽しまれたようです。

また、農民や大工の身分には、娯楽が他にありません。
そのためセックスも1つの娯楽として楽しまれ、テクニックが存分に磨かれたことでしょう。

江戸時代のセックスの特徴

江戸時代 セックス

江戸時代にはどのようなセックスが楽しまれたのでしょうか。
性に奔放な時代ということもあり、とても刺激的なセックスが楽しめそうですね。

詳しく見ていきましょう!

近所に音が筒抜けな家屋

江戸時代の庶民の家は、木造の長屋が一般的でした。
当然、現代の木造住宅とは異なり、木材だけでできているほったて小屋のようなものです。

そのためカギがかからないのは当然、外からも様子が丸見えです。
セックスをすれば当然、声も外に筒抜けになってしまいます。

江戸時代の人は、そんな環境下でセックスをしていました。

もちろん、人に知られることを嫌っていた人も一定数いたでしょう。
そのような人は、屋外や出会い茶屋という個室でセックスしていたようです!

木の茂みや物陰にかくれてセックスするなんて、そういうプレイのようですね。

また出会い茶屋とは、現代でいうところのラブホテルです。
安価に個室を借りられるため、庶民にとっては恰好のセックススポットだったのだとか。

テクニックよりも回数!

江戸時代の人々にとって、セックスは愛を確かめ合うものではありませんでした。
どちらかというとその時の性欲を満たすためのもの、という認識だったようです。

そのため、セックスはテクニックよりもとにかく回数!
さまざまなプレイはあったものの、時間をかけて気持ち良さを高めるといった風潮はありませんでした。

江戸時代のセックスは、現代よりもあっという間に終わって味気なかったかもしれないですね。
なお江戸時代の有名な歌人である小林一茶は、知る人ぞ知る性豪の1人。

一晩で妻と5回以上セックスしたなどの記録が残っています。
また、セックスのしすぎで妻が過労死したなどの記録も…。

頻繁にセックスして楽しむタイプの人は、他にも多くいたかもしれませんね。

初体験は早めの14歳前後

江戸時代の初体験は、現代より早く14歳前後とされています。
現代でいうと、中学2年生で早くも処女と童貞を卒業していたということですね。

これには江戸時代の平均寿命が関係しています。
江戸時代の平均寿命は、なんと50歳未満。

貧困や病気から、20代や30代で亡くなる人も少なくありませんでした。
このような時代背景では、当然結婚の時期も早まります。

女性は初めて生理がくれば結婚できるとされ、14~15歳までに結婚相手を見つけるのが一般的でした。

当然、結婚するということは相手とセックスすることになるため、初体験は14歳前後となります。
田舎の農村では、もっと早く初体験を済ませている人もいたかもしれませんね。

夜這いが流行った

特に田舎の農村では「夜這い」と呼ばれる娯楽が流行りました。
夜這いとは、男性が夜な夜な女性の家へ訪れてセックスすることです。

なお江戸時代の夜這いは、強姦とは異なります。
あらかじめ両者、または両家の合意の下で行われるものでした。

男女がデートをするといった文化がなかった江戸時代では、男女ともに夜這いを楽しみにしていたことでしょう。

春画が教科書!

江戸時代性教育を受けられるのは、裕福な一部の家庭に生まれた人だけでした。
ただし江戸時代には保険の教科書のようなものはないため、今でいう「エロ本」が教科書として使われていたのです。

江戸時代のエロ本は「春画」と呼ばれ、浮世絵の一種です。
富裕層の男性や女性は結婚前に春画を見せられ、セックスのいろはを学んだものでした。

なお春画自体は平安時代からあったものの、江戸時代に入って版画技術が発達し、大量生産が可能になりました。

そこから爆発的に人気となったのです。
ちなみに、8代将軍の徳川吉宗は「好色本禁止令」を出し、浮世絵の販売を幕府の許可制にしました。

しかしそんな中でも春画は法の網をすり抜けて販売し続けられたのです。
店頭には並ばないものの、店の奥に行くと春画を見られるようなシステムでした。

産後75日間はセックス禁止!

江戸時代には、産後75日はセックスしてはいけないという迷信がありました。
もちろん出産後の身体には大きなダメージが残っているため、身体を休ませるのが基本です。

しかし、男性からするとセックスをしたくて仕方なかった様子。
男性にとっては、辛い我慢の時間になったということが分かる記録が数多く見つかっています。

たとえば75日たたないうちに、妻を誘ったら怒られたなど。

また、75日目が過ぎるまでは夕日が落ちるたびに嬉しくなる、といった手記もあります。
この間に浮気を考えてしまう人も、多かったかもしれませんね。

浮気や不倫は当たり前

江戸時代は、男女共に性に奔放でした。そのため浮気や不倫は当たり前。
妻がいないときに、他の女性とセックスすることも当たり前のようにあったようです。

さらに夫婦に他人を交えて3Pすることなどもしばしば。
とはいえ、結婚してからの不倫は江戸時代において重罪でした。

さらに男尊女卑の思想が強くあったため、女性の不倫は死罪になるほど重かったとされています。

一方、男性が結婚後に不倫しても無罪放免になることが度々ありました。
結婚前と後では、セックスの重みが違いますね。

江戸時代はお尻が人気!

江戸時代の男性は、胸でなくお尻派の人が多かったようです。
というのも、着物を着ていると胸はよく見えません。

そのため、むっちりと浮き出したお尻の形を眺めるのが男性の楽しみだったのだとか。
現代でも、海外では特に女性を後ろから眺めてお尻を楽しむ風潮があります。

性に奔放なところなども、江戸時代はやや海外のようですね。

江戸時代の風俗とは?

江戸時代 セックス

庶民の間でもセックスが娯楽と認識されていた江戸時代。
そんな時代にも、現代のように風俗がありました。

上流階級の富裕層しか利用できない高級風俗から、庶民でも手の届く風俗まで。

さらに女性が楽しむ江戸時代版ホストクラブのようなお店まであったのです!
では、それぞれの風俗について、詳しく見ていきましょう。

幕府公認の風俗は超高級

江戸時代は、浮世絵が規制されていたこともあり、基本的に風俗が規制されていました。
そのため、風俗店を開くには幕府の認可が必要だったのです。

しかし幕府公認の風俗店は超高級!
建物も、控えている女性もワンランク上の風俗でした。

そのため、通えるのは武家やお金持ちの商人など、身分の高い人ばかり。
当然、貧しい人々は利用できませんでした。

庶民向けなら局見世

しかし庶民向けの風俗も、ありました。
幕府非公認の「局見世」という施設ができたのです。

こちらはかなり敷居の低い風俗店です。
幕府公認の店に比べて、さまざまな身分の人が出入りできました。

建物や設備はそこまで立派でないものの、庶民の息抜きや楽しみとして十分機能したことでしょう。

立ちんぼや男娼まで

局見世には、幕府公認の風俗店を引退した女性などがいました。
また、立ちんぼと呼ばれる女性は野外でのセックスも引き受けます。

局見世では、安価で誰もが気軽にセックスできたようですね。
さらに江戸時代には男娼と呼ばれる人もいました。

男娼とは、風俗嬢の男版です。

この男娼にハマって、お金を使い込んでしまう女性もいたのだとか。
こうした点は、現代とあまり変わりませんね。

江戸時代のセックスは避妊していなかった?

江戸時代 セックス

江戸時代は男性も女性も、セックスを楽しんでいたようです。

しかし、ちゃんとした避妊技術があったのか心配になりますよね。
結論からいうと、江戸時代でも避妊はしていました。

ただし現代ほど効果の期待できる避妊方法ではありません。

詳細を見ていきましょう。

コンドームはなかった

江戸時代に、現代のようなコンドームはありませんでした。
そもそも、江戸時代にはゴムを成形する技術がありません。

ただし、一部の層は魚の浮袋や豚の腸を加工したコンドームを使っていたそうです。
これは非常に価値の高いものとされ、農民など貧しい人は使えませんでした。

武家など一部の富裕層の間でのみ、高値で取引されていたようです。
なお魚の浮袋や豚の腸を加工したコンドームは、大正時代以降まで使われていました。

コンドームが使えない人は他の薬を使ったり膣を洗浄して、対策していたようです。
それでももし子供ができたら、生むのが当たり前という風潮でした。

江戸時代の避妊薬

江戸自体には「朔日丸(ついたちがん)」という避妊薬がありました。
この薬は毎月1日に飲むことで、その月は妊娠しないとされる避妊薬でした。

詳しい成分は分かっておらず、現代においても避妊の根拠はないとされています。
その上、安全性も保障されておらず、医薬品としての品質にも問題があったようです。

現に、この避妊薬を飲んで体調を崩したり死にかけた女性がいるといった記述もあります。
それでも、セックスの頻度が多かった江戸の女性にとっては、朔日丸が大切だったのかもしれません。

江戸時代には堕胎薬まであった

江戸時代には、堕胎薬までありました。
その名も「月水早流(げっすいはやなかし)」です。

こちらも朔日丸と同じく、当時の人々にはメジャーな堕胎薬だったそう。
長屋の共同トイレに広告が貼られていた時期もあったそうです。

しかし、価格は372文。
現代の日本円にすると7,440円と、非常に高価なものでした。

また、堕胎を専門とする医者もいましたが、庶民にはあまり利用できなかったと思われます。
なお月水早流の成分も不明で、安全性も堕胎の確実性も低かったでしょう。

ものの記録には、妊娠した女性に堕胎薬を飲ませたところ女性が死んでしまい、その亡霊に祟られたなどといった話もあります。

梅毒に感染する人が多かった

江戸自体は現代に比べて、相手を選ばず奔放にセックスしていた傾向があります。
そのため、性病も当然のように蔓延していました。

特に、多くの人が苦しんだ性病が「梅毒」です。
当時は治療薬もなく、1928年にペニシリンが発見されるまでは不治の病とされてきました。

梅毒は感染力も強いため、薬がない江戸時代ではほぼ死に至る病です。
梅毒の症状である体の痛みや神経障害などに苦しみ、亡くなった人が多くいました。

なお当時では、江戸の50%もの人が梅毒に感染していたという記録もあります。

江戸時代にも大人のおもちゃはあった

江戸時代 セックス

セックスに積極的な江戸時代は、なんと大人のおもちゃまであったのです!

当然、現代のように電動で動くバイブなどはありませんが、江戸時代にしてはかなりのクオリティのアダルトグッズが多数。

どのようなグッズがあったのか、見ていきましょう。

四ツ目屋で購入できた

江戸時代には、四ツ目屋という薬屋さんでアダルトグッズを入手できました。

当時はラブグッズ専門のお店などないため、薬屋さんでひっそりと販売されていたのです。

なお四ツ目屋は日本最古のアダルトショップとして知られるお店で、現在の両国あたりにありました。

現代のおもちゃと変わらない!

江戸時代 セックス

江戸時代には、オナホ、ディルド、媚薬などがありました。
今から150年以上も前に、こうしたアダルトグッズがあるなんて驚きですよね。

当時はオナホを吾妻形、ディルドを張形などと呼んでいました。
また、肥後ずいきと呼ばれるアダルトグッズは現在も熊本県の伝統工芸として作られています。

肥後ずいきはハスイモの茎を原料としており、女性用と男性用でさまざまな形状のものがあります。
水でふやかして使うと、ハスイモから染み出た成分が媚薬代わりになるのだとか。

植物の性質と知識を活かした、天然のアダルトグッズです!

まとめ

江戸時代のセックス事情についてご紹介しました。

江戸時代は今よりも性への知識が乏しく、セックスも自由に行われていたことが分かります。

このことを知って、うらやましくなってしまった方もいるのではないでしょうか。

興味のある方は、ぜひ他の時代のセックス事情についての記事もご覧ください。

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